大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和37年(ネ)3047号 判決

控訴人(被告) 埼玉県人事委員会

被控訴人(原告) 本木篤三郎 外四〇名

主文

原判決を取消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(証拠省略)

理由

被控訴人らがいずれも埼玉県下の公立小学校または公立中学校の教職員であり、昭和三三年四月二五日から同年六月一三日までの間に、地公法第四六条の規定に基いて控訴人に対し、勤務条件に関する措置として、教職員の特殊性からこれに対しては勤務評定は困難であり、しかも本件勤評規則及び実施要領は客観的、科学的条件に欠けていること等を理由として、勤務評定の実施をとりやめるべき旨の措置がとられるべきことの要求をしたところ、控訴人が同年六月一九日付で右要求を却下する旨の決定をしたことは、当事者間に争がない。

そこで、本件決定に被控訴人ら主張の如き取消事由となるべき瑕疵があるか否かについて判断する。

先づ第一に、本件決定に審査の遺脱があるか否かについて考えるに、被控訴人らが控訴人に対して要求した事項が「1勤務評定が実施されると勤務条件が非常に不利になるのでこの実施をやめられたい。2勤務評定が実施されると将来にわたり給与の差が生じたり、不当な人事が行われるおそれが強いので実施をとりやめられたい。」との二項目であることは当事者間に争がない。そして、右の二項目について被控訴人らの言わんとする趣旨は、「勤務評定の実施をとりやめてもらいたい。」ということに尽きることは明らかであつて、勤務評定が実施されると勤務条件が悪化したり、或いは不当な人事行政が行われるおそれが強いというのは、その理由付けにすぎず、勤務評定の結果に応じた人事上の措置を講ずることの禁止または変更を独立の要求事項としたものと解することはできない。従つて、被控訴人らの要求事項が勤務評定の実施のとりやめ、即ち本件勤評規則及び実施要領の取消またはその内容の変更のみであると解し、その点について判断をしている控訴人の本件決定には、判断の遺脱はないといわねばならない。

次に、地公法第四六条の解釈の誤りがあるか否かについて考える。地公法第四六条の規定によれば、職員は給与、勤務時間その他の勤務条件に関し、人事委員会または公平委員会に対して、地方公共団体の当局により適当な措置が執られるべきことを要求することができる。同条の立法趣旨が、被控訴人ら主張の如く、職員即ち一般職に属する地方公務員が争議権、団体協約締結権を剥奪されていること(地公法第三七条、第五五条第一項)の代償として措置要求の制度を設け、これによつて職員の勤務条件の適正を確保することにあるとしても、だからといつて直ちに、一般の労使間において団体交渉の対象とされている事項は、すべて適法な措置要求の対象となりうるものと解さねばならぬいわれはない。同条は、措置要求をなしうる事項を勤務条件に属する事項に限定しているものと解すべきである。ところで、「勤務条件」なる用語は地公法のほか国家公務員法においても用いられており、一般労働者における「労働条件」に相当するものと解せられるが、制定法上「労働条件」なる用語によつて表わされる意味内容は必ずしも一義的なものではなく、それが使用されている法条の趣旨目的等によつて広狭様々な意義を有する。しかし乍ら、一般的には、労働条件とは、賃金、労働時間、休息、職場での安全衛生、災害、補償並びに昇任、降任、転任、免職、懲戒等人事に関する基準等労働者がその労働力を提供するに当つての諸条件を指し、例えば憲法第二七条第二項の「勤労条件」、労働基準法第一条の「労働条件」がこれに当るものであり、更に広義においては、右の諸条件のみならず、宿舎とか福利厚生に関する事項等をも含めて労働力の提供に関連した労働者の待遇の一切を指し、例えば、労働組合法第一条の「労働条件」がこれに当るものである。しかして地公法第四六条に規定する措置要求の制度が職員に対する争議権、団体協約締結権剥奪の代償として設けられたという趣旨目的に徴すると、同条の「勤務条件」はこれを広義に解するのが相当である。尤も、広義の勤務条件と解するとしても法律によつて定められる事項が措置要求の対象となりえないことは勿論である。

ところで、公務員の勤務成績を適確に把握し、それに基いて仕事の割当や指導を適切に行うことは、公務の能率増進のために不可欠なことであり、また正しく評価された職員の勤務成績を人事管理の上に反映させることは、公正且合理的な人事管理を行うために必要なことである。かようにして地公法第四〇条第一項によれば、任命権者は職員の執務について定期的に勤務成績の評定を行い、その評定の結果に応じた措置を講じなければならないものとされているのである。しかして、一般に公務員に対する勤務成績の評定という制度は、職員の勤務実績並びにこれに関連して見られた職員の性格、能力及び適性を評定し公正に記録すること(人事院規則一〇―二参照)であり、地公法第四〇条第一項は、かような勤務評定の結果が職員の昇任、降任、免職、配置換、職務の割当の変更、昇給、表彰、指導、研修等職員の人事管理の全般の措置を執る際の重要な基礎資料に用いられることを期待しているのである。本件勤評規則は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第四六条に基き市町村教育委員会が行う県費負担教職員の勤務成績の評定についてその方法、手続等を定めたものであり、本件実施要領は、右勤務成績評定の実施に関する細目を定めたものである。

右に説明したところから考えると、本件勤評規則及び実施要領によつて定められた勤務評定制度並びにこれに基いて行われる勤務成績の評定は、いずれもそれ自体としては教職員の待遇に属する事項とは認められないから前記広義の勤務条件に該当しない。従つて、これらは地公法第四六条の規定に基く措置要求の対象とはなりえないものといわねばならない。尤も、勤務評定がそれ自体としては勤務条件に属しないとしても、前記の如くその結果が人事管理の基礎資料として利用されることになると職員の勤務条件に重大な影響を及ぼすことが予想されるが仮に当該勤務評定の方法が合理性及び客観性を欠き、職員の勤務成績を的確且公正に反映しえないものであつたとしても、そのような方法によつて行われた勤務評定の結果に基きとられた不当な措置に対しては、地公法第四六条による措置要求もしくは同法第四九条の二による不利益処分に関する不服申立をなす途があり、また著しく不完全な勤務評定制度であつて勤務評定の目的が達せられないような場合には、地公法第四〇条第二項により人事委員会はかかる勤務評定制度の合理化につき勧告することができるのであるから、勤務評定が地公法第四六条による措置要求の対象とならないと解しても必ずしも職員の保護に欠けることにはならない。

以上の次第で、勤務評定そのものは地公法第四六条の規定する措置要求の対象にはなりえないものとして被控訴人らの要求を却下した本件決定には何ら違法の点がないから、本件決定の取消を求める被控訴人らの請求を失当として棄却すべく、これと異る原判決は不当であるからこれを取消すこととし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菊池庚子三 川添利起 山田忠治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例